河川整備事業を進める際には、多自然川づくりアドバイザーや地域住民からの合意を得ながら計画を進めていくことが非常に重要です。これまでは整備後の完成イメージを共有するために、パースやフォトモンタージュ、模型などを用いることが一般的でした。
しかし、これらのツールを活用した方法は視点が限られていることやスケール感が実物と乖離(かいり)するなど課題が多くありました。
これらの課題を解決する方法として、九州地方整備局インフラ DX 推進室・河川部・山国川河川事務所・九州技術事務所では、 土木研究所と連携し、ゲームエンジンを活用した設計手法を開発しました。
この記事では、ゲームエンジン使用のメリットや使用の動向・実例紹介、使用方法の流れについて詳しく紹介します。
ゲームエンジン使用のメリット
ゲームエンジンは、本来3Dのゲームを高品質、低コスト、短工期で制作するために開発されたものです。現在においては、自動車、スマートフォン、アニメーション、 宇宙開発など多くの産業分野で導入されています。そして、河川整備事業においても大きく寄与しています。
従来、デジタルで測量・設計をし、合意形成をアナログ(パースや模型)で行い、パースを元にデジタルで設計図面化するといった非効率な方法でした。
ゲームエンジンであれば、3次元データを活用した一気通貫が可能です。前段階のデータを後段階へと円滑かつ正確に受け渡すことで、効率的かつ高品質な3Dモデルが作成できます。また、VR技術によって整備後のインフラを擬似体験することができるでしょう。
ゲームエンジン使用の動向・実例紹介
ここではゲームエンジン使用の動向や実例を紹介します。
住民との合意形成に「メタバース」を活用
九州地方整備局では、2019年から土木研究所と連携していち早くインフラ整備の新たな可能性を探求してきました。そして2021年7月、「河川CIM 標準化検討小委員会成果報告書」において、ゲームエンジンを河川CIMの標準化案の一部として提案しました。
住民との合意形成では、世界で最も規模が大きいメタバースといわれている米国エピック社「フォートナイト」と同じゲームエンジンを用いてメタバースを作成したのです。
現地のデータから地形を計測し、BIM/CIMを用いて設計を行い、ゲームエンジンにデータを変換することで高品質な仮想世界が制作できます。住民との合意形成が確かなものとなり、さらに変更点などはBIM/CIM データに反映させ、最終的なデータに基づいて機械施工を実施します。
このように河川事業の工程を全てデジタル化し、仮想世界を現実に上書きする方法でインフラ整備を向上させることが可能です。
かわまちづくりの住民説明会での活用
次に「山国川下流地区かわまちづくり」での活用事例をご紹介しましょう。
2021年12月、福岡県築上郡吉富町で開催された「山国川かわまちづくり」で、住民との進捗報告会を開催した際にゲ ームエンジンが活用されました。3次元測量デー タから仮想空間に現在の河川空間を再現し、計画内容を反映させたものです。整備内容を説明後、VR動画を放映し、最後にVRゴーグルを装着して河川空間を体験しました。
出典:建設コンサルタント業務研究発表会「ゲームエンジンを活用した河川整備事業の 合意形成の円滑化の検討」
ゲームエンジンでは、重力や慣性力といったものまで忠実に再現できます。さらに現実世界のように水辺の飛び石の間隔や水深、転落防止柵の高さなど、図面だけでは分かりにくい部分を確認できます。また河川敷のドッグラン計画では、日陰になる場所などを視覚的に確認することができました。
ゲームエンジンで作成した完成イメージは「各施設の空間的な位置関係がよくわかる」「完成イメージや施設の規模感が容易に把握できた」「整備案などの議論の場面においてゲームエンジンは最適な技術」など、概ね肯定的な声が多くありました。
ゲームエンジンの使用方法の簡単な流れ
九州地方整備局の「ゲームエンジンを用いた川づくり ツールの操作マニュアル(案)」を参考にゲームエンジンの使用方法の簡単な流れを紹介します。
ゲームエンジンの使用ソフトウェア
ゲームエンジンを用いた河川空間デザインには、点群処理(CloudCompare)、GIS(QGIS)、ゲームエンジン(Unreal Engine)のツールを活用します。各ツールの使用方法を解説します。
CloudCompare
CloudCompareはオープンソースの点群処理ソフトウェアです。多様なデータ形式に対応し、高度な編集機能を備えています。3D次元測量で取得した点群データをGeoTIFF形式に変換することが可能です。
QGIS
QGISはフリーGIS ソフトウェアで、無料で使える高機能な地理情報システムです。編集、分析機能を有しており、測量データ(GeoTIFF形式)をゲームエンジンで使える画像形式(PNG)に変換します。変換には、DemConverterというプラグインを利用します。
出典:QGISのホームページ
Unreal Engine
Unreal EngineはEpic Gamesが開発したゲームエンジンです。ゲーム制作だけでなく、映画、製造業、スマートシティなど多岐にわたる分野で活用されています。
<ソフトウェア一覧>
ソフトウェア名 | バージョン | PC スペック(CPU、GPU、メモリ) |
CloudCompare | 2.12.4、 2.11.3、2.9.1 | CPU:Corei7、GPU:NVIDIA GeForceRTX 2060、メモリ:32.0GB |
QGIS | 3.16.4、3.10.8 | |
Unreal Engine | 5.1.1 | CPU : Corei7 、 GPU : NVIDIA GeforceGTX1070、メモリ:16GB |
それぞれのホームページへアクセスし、PCに合わせてインストーラーを選択しダウンロードをします。インストールしたら起動して進めましょう。
【事例】かわまちづくりの住民説明会
山国川かわまちづくり(福岡県吉富町)の住民説明会では、VR動画からスタートし、質疑応答、そして最後にVR体験を実施しました。ゲームエンジン特有の機能が合意形成に活用できた具体例です。
1.VR 動画
ゲームエンジンから必要情報を切り出した動画(5分程度)を放映しました。河川整備内容を視覚的に住民の方へわかりやすく説明できます。
2.質疑応答
質疑応答は操作画面をスクリーンに表示します。説明に合わせて該当箇所を表示することで、議論が円滑になります。
3.VR体験
空間の使い方や危険個所の有無を確認します。
まとめ
九州地方整備局でのゲームエンジン使用の動向について紹介してきました。
デジタルデータを一貫して活用できる 「デジタルエンジニアリング」を用いたワークフローの一例となりました。デジタルエンジニアリングでは、環境面の制約条件モデル(地形データ) をBIM/CIM に繋げることが重要です。それを繋げるツールとしたのがゲームエンジンです。
ゲームエンジンは多自然川づくりの合意を円滑、迅速に進められる有用なツールといえるでしょう。
ほかの地域での活用事例についても随時ご紹介していきます。